宇陀市 故郷にUターンして古民家カフェをオープン 移住者の声vol.5

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これまでの略歴とカフェを始められた経緯を教えてください。
学校を卒業してから、12年ほど大阪のホテルで働いていました。私も妹もそれぞれ家を出て働いているころから、母が「地元に空き家が増えてきた。何かできないかなぁ」ということを言っていました。初めは「母がなにか言っているな」という程度にしか思っていませんでしたが、地元に帰るたびに言われるので、「何かできるかもしれない」と思い始めたのがきっかけです。妹がカフェをやっていたので、二人でやってみようかとなりました。

「何かできるかもしれない」と思えたのは、何かきっかけがあったのですか?
最初は母が「こんなんはどう?」と、いろいろと提案してくれました。例えば最近は昔に比べてパン食が増え、お米を食べる量が減り余ってきているので、米粉でパンやスイーツを作ってはどうかというような感じです。そこから妹が米粉パンについて自分で勉強してくれて、今は実際に米粉パンやスイーツを作っています。また、家で作っているお米や野菜も使うといいねといったように、こんなのもあんなのもできるかもしれないといろんなアイデアが膨らんでいった感じです。

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運命的な出会い。きっかけは自分たちの足で探したこと

そのときお店を出す家はあったのですか?
考えているときは、全く当てはありませんでした。「こんな店ができたらいいね」というような夢のような話を3人でしていた程度です。実際にやろうと決めたときには、どこの家が空いていて、どこが借りられるのかという空き家の状況は全然わかりませんでした。私は大阪、妹は神戸にいたのですが、二人でいっしょに帰ってきたときに、町の中をグルグル歩きました。いつもだったら車で通りすぎるところなのですが、「こういう家だったらこんな店ができるね」みたいな話を二人でしながら歩いて、一番気に入ったのがこの店なんです。割と無計画なところもあるんですけど、二人がいいなと思った家が見つかって、そこが偶然空き家だったというご縁もあって具体的に動き出しました。

空き家として、売買や賃貸に出ていたのですか?
そんなこともわからず、近所に聞きにいきました。荷物も全部残っていたので、外から見て空き家かどうかもわかりませんでした。様子が静かだったので、もしかしたら空き家かもしれないという状態でした。そんな状況だったので、「思い切って聞いてみよう!」となり、向かいの家に聞きに言ったら、聞きに行った方がたまたまこの家の管理している方でした。それで、この家を使いたい旨をお話して進んでいきました。私たちは宇陀が地元なんですが、もっと奥の方なのでこのあたり(宇陀松山エリア)に関してはあまり知りませんでした。

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貸してくださいと話をされて、契約は順調に進んだのですか?
初めは、ここでお店をするということが、地元の方にはピンとこなかったみたいですね。「ただの家やし」という感覚の方が強かったみたいで、受け入れてもらうのには、なかなか時間がかかりました。「どうやって店にするんや?」と不思議がられたり、心配してもらったり。少し時間をかけながら、「こういう風にしていきたいと思っています」ということを伝えていきました。

具体的にはどんな風に伝えていかれたのですか?
大家さんには、私たちのイメージに近いお店を紹介して、イメージをつかんでもらいました。割といろんなことを聞いてくださる大家さんだったので、「こういうイメージのお店なんです」と見せたら、実際にそのお店を見に行ってくださりました。そのほかにも、大家さんがお家を使ったお店を調べられて、その店を見にいったりしていただいて、本当にありがたかったです。あと、計画書を作って見てもらいました。本気度合いを見てくださったのかなと思います。それで貸してもらえることになりました。

家具はお二人で選ばれたのですか?
家具は、ほとんどがもともとお家にあったものなんですよ。家の中に荷物がぎっしり入っている状態でお借りしたので、最初は片付けから始めました。棚とかも全部物が入っていましたのでそれを片付けて、使えるものは使わせてもらいました。そのまま使わせてもらって、かなりありがたいです。片付けは時間がかかったのですが(笑)。その分素敵なものもありました。丁寧に管理されていて、いい状態で取っておいていらっしゃいました。あとは、机やいすなどは自分たちの部屋から持ってきたものです。だからバラバラです(笑)。

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ところで、宇陀にはどのぐらいいなかったのですか?
10年以上はこっちにいなかったですね。その間は年に2-3回しか帰ってこなかったと思います。ホテルだと夜勤があり、不規則でしたので、ゆっくり休みを取るということができなかった。

ゆっくりできる空気や人が見えるようになった

―宇陀に帰ってきてこられてよかったなと思うことは?
離れてよかったと思っています。離れたから帰ってきたいと思えました。昔は、「なんにもない。早く出たい」という気持ちが大きくて、それで大阪に出ていきました。一度離れたので、何もないではなく、ゆっくりできる空気だったり、人だったりが見えるようになりました。出るときは外にばっかり目が行っていて全然気づかなかったです。

帰ってきて戸惑ったことは?
特にないですね。しいて言うならば、結構長いこと離れていたので、わかってはいたけど不便だなと思いましたが、もともとわかっていたので「そんなもんだな」とすぐに思いました。

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地域の方々とは、どのように関わっていますか?
こちらから特別に何かをやっているということはありません。逆に心配してくださっている、見守ってくださっているという感覚です。お店の準備をしている時期、たとえば妹と一緒に壁に漆喰を塗っていたり、カウンターを作るためにのこぎりで木を切っていたりしていたら、近所の方から「大丈夫か?」と声を掛けていただいたり。その後、店がオープンして、営業が始まって、これからどんな風になっていくのかということを見てくださっていました。次はお客さんとして来てくださって、たまに家で取れた野菜ももってきてもらって。近所の方に応援していただいていると思います。

えっ、お二人が手作りされたのですか?
この家はもともと保存されている建物だったので、勝手に工事に入れなくて。何年も待つよと言われていましたが、そんなに何年も待っていられないので、「できる範囲で自分たちでやってお店を始めちゃおう」ということになりました。例えば、入り口のドアは、もともと外から全く見えない状態だったので、そのドアだけ外から見えるように作り変えて、二人でスプレーしながら字を入れました。また、壁も土壁でボロボロだったので漆喰を塗りました。もちろん今までそんな経験はありません(笑)。なんでもとりあえずやってみようという感じでした。

そういった頑張っている姿を見ているから、近所の方も応援したいと思ったのでしょうね。
そうだとありがたいですね。むしろ「大丈夫か?」という感覚だと思います。「自分でやってんの?」とよく言われたので、面白いとは思われていたと思います。あとは、「ほんとにやっていけんのか?」とも言われましたね。

 

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古民家を活用してお店をオープンしたい方に向けてメッセージをお願いします。
難しく考えすぎない方がいいんじゃないかなと思います。考え過ぎてスタートできないよりは、とりあえず始めてみて、後から修正していく方が、構えすぎず楽しくできると思います。この店を始めてからお店を始めたいという相談をいただくこともあるのですが、私たちなんかよりすごくきっちり計画を立てて、お金の計算もきっちりしている方もいらっしゃいます。ただ、そういう方の方がいろいろ考え過ぎて始められないと思うと、それはもったいないのかなと。とりあえず一歩踏み出してみる。やってみないとわからないことの方が多いですので。


大窪 祐美子さん
cafe equbo*経営
奈良県宇陀市出身
奈良県宇陀市在住(Uターン)
移住した時期:2013年4月

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